あゆさんは日本で看護師として働いたのち、28歳でオーストラリアへ。メルボルン到着から2週間でカフェの仕事を獲得し、半年後にはタスマニアへ移ってサーモンの加工工場で働いています。時給は昇給を経て36ドル。ワーホリ11ヶ月目、来月で1年を迎えるあゆさんに話を聞きました。留学エージェントの面談を申し込んだあとで最初はワーホリに行ってみようかという気持ちで、留学エージェントの面談を申し込んでいたそうです。その情報収集の途中でセカキャリを見つけ、オンラインのオフ会と個別相談に参加。エージェントと話したときよりも自分の気持ちが前に進んでいる感覚があり、そこで進路を切り替えました。準備の中身が、到着2週間の結果になった入学後の一番の変化は、いつまでに何を準備すればいいのかが明確になったことだといいます。月1回のトレーナー面談で現地の最新情報が入り、オフラインの面接合宿ではレジュメ作りと面接対策に取り組みました。その準備があったから、メルボルン到着2週間でカフェの仕事が決まったと本人は振り返ります。最初の仕事はバリスタとオールラウンダーで、時給は25〜30ドルほどでした。タスマニアで、聞き取れない英語と向き合う半年後にタスマニアへ移り、求人サイトのSEEKから応募したサーモンの加工工場で採用。6月に昇給して時給36ドルになりました。職場に日本人はおらず、会話は100%英語です。永住者の年配スタッフが多く、訛りが強くて速い。加えて機械音とマスクとイヤーマフで、聞き取れないことのほうが多かったといいます。それでも仕事は適当にできないので、わからないところはわからないとはっきり伝えるようにした。勇気は要るけれど、結局それが自分のためになったと話していました。次はもう一度ホスピタリティへまもなくセカンドビザを申請し、2年目に入ります。ホスピタリティ、ファーム、ファクトリーを一通り経験したうえで、安定して稼げる今の工場を離れ、もう一度ホスピタリティに戻る予定だそうです。辛かったことのほうが多かったかもしれない、それでも来たことは後悔していない。迷っている人は経験した人の話を聞いてみてほしいと、あゆさんは話していました。▶ 詳しくはこちらの映像をご覧ください